30才以上で、慢性腎炎の持病がある私の初産の経験談

私には、慢性腎炎の持病がありました。ですから、お医者さんから「妊娠・出産は薦められない」と言われていました。

でも、4つ年下の弟が急に亡くなり、その半年後に父が亡くなりました。

父は亡くなる日の昼に「ワシの夢は、孫抱くことですねん」と言っていたと聞き、「私も、どうしても産みたい!」と思い、次にお付き合いした人と結婚し、そして相手の人の転勤に伴って、東京に行きました。

お医者さんからは「すぐに病院を探すように」と言われていたので、近くを探すと産婦人科がありました。私は、取り敢えずそこで尿と血液検査をしてもらいました。

「1週間後に来るように」と言われ、次の週に行ったら「妊娠してるけど、こんなにひどい状態では、大きな病院で診てもらわないといけない」と言われ、産婦人科と腎臓内科がある、日本医科大学病院を勧められました。

そこで、血液検査や尿検査をするのですが、いつもプラス3という状態で「いつ切迫流産するかもしれないから、安静にするように」と言われ、私はずっと知らない街で、夫が帰ってくるまで、不安と心配で泣きながら過ごしていました。

「血中酸素濃度が低い」とか、いろいろ不安な要素があり、私は「いつ安定期になるのだろう」と、つわりで苦しみながら過ごしていました。

病院に通うのに、都営地下鉄で行くのですが、まだお腹がふくれていない時期が一番つらいのに、誰も私が妊娠しているとは気付いてもらえず、ふらふらしながら見慣れない所で通っていました。

でも、母子手帳をもらった時、私は本当に嬉しくて、何度も何度も読みました。

栄養のことや、体重の増加を防ぐこと、妊婦が気を付けないといけないことなどを、暗記できるまで読んでいました。

相変わらず、私の腎炎は悪化していて、血尿もタンパクも、プラス4の時があり「いつ入院してもいいように、用意をしておいてください」と言われました。

無事安定期に入っても、腎炎は、ますますひどくなり、今まで以上に塩分制限を強いられました。

そして、8ヶ月の頃、また夫が神戸に転勤になり、私に負担がかからないようにと、車で東京から神戸に移動し、引越しは夫と、その部下の方と、引越し業者が全てしてくれました。

「里帰り出産」をする為、実家に帰ると、母が開口一番「あんた、スイカ丸呑みしたんか?」と言われる程、私のお腹は前にせり出し、自分の足が全く見えない状態でした。

結婚する前に受診していた総合病院にまた通院するようになり、そこで内科と産婦人科に通うことになりました。

しかし、30ヶ月の時、私の状態がひどくなり「このままやと、危ないから」ということで、陣痛促進剤を使うことになりました。

「赤ちゃんは、2800グラムあるから、大丈夫」と言われていましたが、私は不安で不安で、前の日の夜中は、ずっと泣いて過ごしました。

翌日、なかなか「いい陣痛」というものがこないので、点滴に切り替えられた途端、波のない陣痛が来て、それでも30才以上なので、なかなか子宮口が開かないのです。

つらい時間でしたが、なんとか頑張り、3時間と26分で、3997グラムの男の子を産むことができました。

私は、こんな持病もあり、年齢も決して若くないのに、元気で身長も55センチもある大きな大きな男の子を産むことができて、本当に幸せです。

しかし、お医者さんからは「自殺行為に近い」と言われたので、2人目は、諦めています。その分、1人息子に、たっぷりと愛情を注いで、育てています。

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